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名所図会 巻1-16 反正天皇陵

反正はんしやう天皇てんわうのみさゝき


                              仁德にんとく天皇陵    大山陵だいせんれうとも云
                              はんしやう天皇陵   楯井たてゐのみさゝきとも云
                              かたたがひのやしろ
                              くにのつじ

北荘戎町の東、大和やまとみちかたはらにあり。陵のほとりたて井といふあり。故に、たて井陵と穪す。或説に、こゝを莵道うぢ太子陵といふは、甚妄談もうたん也。とるべからず。[諸陵式]に、大せん陵を中陵といひ、北の陵をはん正天皇とす。則是なり。今存する所、山陵の根回り、東西にて二百三十間、周池、なかばは田と成。たんしやくすべし。

[日本紀]曰、
いんきようてい五年冬十ゆう一月、みつわけの天皇すへらき 反正帝 を耳原みゝはらみさゝきかくす。

[舊事記]
同上、耳原の事、前に見へたり。

[古事記]曰、
瑞歯別天皇、御歳おんとし陸拾むそとせ丁丑年七月、ほうす。御陵みさゝきあり毛受もずのニ

[延喜諸陵式]曰、
百舌鳥もずの耳原みゝはら北ノ陵は、丹比柴籬宮たぢひしばかきのみや御宇あめのしたしろしめす反正天皇。在和泉國大鳥郡兆域てういく、東西三町、南北二町。陵戸五ゑん

今の反正天皇陵


南海堺東駅前 堺市役所高層館21階展望ロビーから望む反正天皇陵(百舌鳥耳原北陵)


反正天皇陵(百舌鳥耳原北陵)拝所


反正天皇百舌鳥耳原北陵碑

反正天皇陵陪塚 天王古墳 天王古墳案内板

反正天皇陵陪塚 鈴山古墳 鈴山古墳案内板
 堺市堺区北三国ヶ丘町にある前方部を南に向けた前方後円墳です。
 百舌鳥古墳群の中では北端にあり、現在は百舌鳥耳原三陵の北陵・反正天皇陵として宮内庁が管理しています。
 墳丘の規模は全長約148m、後円部径約76m、高さ約14m、前方部幅約110m、高さ約15mで百舌鳥古墳群では7番目の大きさです。墳丘は3段に築かれ、そのかたちや出土した埴輪から、5世紀後半頃に造られたと考えられています。現在、一重の盾型周濠がめぐっていますが、前方部外周で行われた発掘調査で、かつて二重濠があったことが確認されています。
 陪塚と推定される古墳の存在や二重濠など、大型前方後円墳として不足のないすがたの古墳ですが、仁徳陵古墳(大仙古墳)や履中陵古墳(石津ヶ丘古墳)あるいはニサンザイ古墳に比べ、その規模がかなり小さいことから反正天皇陵とすることに疑問とする意見も少なくありません。

更新履歴
更新:2014年10月19日 17:20:36 今の反正天皇陵を追記
作成:2014年 8月13日 21:12:25 再構築
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