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名所図会 巻1-18 海會寺

かい


【註:南宗寺境内の挿絵の左下に小さく海會寺と記されています】

南宗寺の境内にあり。禅宗。宿松山と号す。京師、東福寺に属す。

開基かいき廣智くはうち國師こくし
いみな士曇しどんあざな乾峯けんほう。聖一國師三世の後也。
正暦元年の草創也。初メは三村明神の西門の前にあり。旧地に井あり。前に見へたり。
元和の兵火の後、こゝに移す。

今の海會寺


海會寺山門


海會寺山内 庫裏


門廊

 宿松山海會寺は臨済宗東福寺派で、堺でも古くからたてられた寺院のひとつです。
 正平六年(1351)、廣智国師乾峯士曇が開山で、当時この寺院は、開口神社の西門前にありました。非常に大きな寺院で、塔頭も六院をもち、寺領三百石であったと伝えられています。今もこの旧地には金龍水と呼んでいる井戸が残っています。
 当寺第五世と思われる季弘大叔が文明十六年(1484)から同十八年にわたる「蔗軒日録」という日記とを残しており、遣明貿易で栄えつつあった当時の堺の姿がわかる唯一の史料となっています。
 その後、荒廃したので古溪宗陳が天正十三年(1585)に、現在の祥雲寺の処に再興しました。大坂夏の陣(1615)で焼失しましたが、その復興にはいたらなかったので、南宗寺の住職であった沢庵宗彭の助力によって、南宗寺の寺域に再興されました。
 本堂庫裏及び門廊は、重要文化財に指定されています。本堂は、南面した入母屋造りで前方を一間の広縁として、室内の入口は花菱模様を組んで、四枚折の唐戸をつけた中に明障子を立てています。内部は板敷の間の脇に畳敷の間を設けてあります。天井は猿頬面取りの棹縁天井を張り、南面広縁は鏡天井となっています。
 庫裏の西方は、入母屋造りの本瓦葺で本堂屋根と一連のもので、正面の玄関背面の炊事場の葺降ろしも共に本瓦葺です。
 門廊は、本堂と庫裏の境にあり、西面した向唐門と呼ばれる門と本堂への廊下が一つに組み合わされた形式のもので、正面奥の壁には華頭窓という特別な形の窓がつけられています。内側の柱内面に、腰掛かまちの取り付けがしてあり、窓外には明障子が引分けに建込んでいます。
 禅寺では珍しく、本尊は阿弥陀如来です。
【出典:海會寺特別公開時のリーフレット】

更新履歴
更新:2014年10月19日 18:24:24 今の海會寺
作成:2014年 8月16日 11:48:24 再構築
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