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名所図会 巻1-21 大安寺

大安寺だいあんじ

旅籠はたご町の東にあり。禅宗。京師、東福寺に属す。

佛殿ぶつでん
しやう観音くはんをんあんす。聖德しやうとく太子の作。みたけ、八寸。

かい德秀とくしう和尚
しやう一國師五世の孫弟、くはんちう和尚の上そく也。当寺は、應永をうゑい元年の草創さうさうなり。

方丈
西湖せいこの。狩野古法眼の筆。

ぶつ
松、梅、藤、猿猴ゑんこう等の狩野かの永徳ゑいとくの筆。此松の画は、永徳東國へ赴く時かゝれし也。發足ほつそくして、松がらざる事を思い出し、尾張のなるより引返し、書添ける也。此ゆへに、今に、枝添ゑだそえ松と穪しける。

きうてうばち
方丈の庭にあり。

そもそも、当寺方丈は、もと、堺の住人屋助左衛門が居宅也。此ものゆうにして、書院に七ほうちりばめ、には珍花ちんくはうへて、きうこのみしたがふ。ある時、松永まつなが霜臺さうたい久秀ひさひでこゝに来り、れいを見て一としてかくる所なし。滿みつればわざはひしやうずとて、刀釼とうけんを以てはしらにうつ。其あと、今にあり、此助左衛門、禅法ぜんはう帰依きゑし、書院を寄附きふし、こゝにのこれり。天正年中、助左衛門はそんこくわたつて、文禄三年七月にてうす。其時、からかさ千本、臘燭らうそく千挺、麝香じやかう二疋、さかい刺史しし石田くのかみ政澄まさずみを以て、太閤秀吉公にけんず。又、つぼ五十、交易かうゑきために一らんそなふ。めいて、不日にことごと諸方しよはう賣與ばいよして、たちまち万金まんきんたり。此壺、今、本願寺御門主御殿にも壱ツあり。其外、所々に散在す。

今の大安寺

 布金山大安寺は応永年間(1394-1428)德秀士蔭によって開かれた臨済宗東福寺派の寺で、本堂及び障壁画は国の重要文化財に指定されている。
 本堂は、上段の間をもった書院造の部屋などもあり、総桧造りの立派な邸宅を移して本堂としたものである。中央の部屋の長押を少し上げたままで、かつての豪商の屋敷の姿をそのまま残している。金砂子あるいは金箔押しの襖に、鶴・さるすべり・梅・桧・松・藤などの極彩色の狩野派の絵が描かれている。特に藤の絵はすぐれており、大安寺の藤として知られている。また、鶴と松の絵は、かつて、小学校国語読本にものせられてことがある。
 上段の間は、他の部屋とは異なって、墨一色で、中国の西湖の絵が描かれ、非常に落ち着いて感じを与えており、上段の上の天井だけは小組格天井となっている。また、庭には利休好みの虹の手水鉢などもある。
【出典:堺市設置案内板】


大安寺山門


本堂


開山堂

臨済宗東福寺派大安禅寺パンフレット(拝観の時に頂ました)

更新履歴
更新:2014年10月19日 22:40:01 今の大安寺を追記
作成:2014年 8月16日 12:17:57 再構築
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