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名所図会 巻1-08 海會寺井

海會寺かいゑじの

大寺西門の前にあり。せきひやう曰、かいきんりやうせい。相傅、むかし、龍神りうじん出て、乾峯けんほう和尚に曰、精舎を建給はゞ、初に井を掘給へ。其井の清泉せいせんをしらんとならば、試に地上に羽をしかば、はくうかまん。其地について井を開かば、清泉せいせんるべし。和尚、其ことばの如くするに、はたして名水出す。[かく道人だうにん文集]曰、海會寺之龍井者、泉南第一の名泉也
海會寺は、今、南宗寺の境内にあり。

今の海会寺井


海會寺 金龍井

  
海會寺金龍井碑                        案内板
海會寺金龍井碑文
当院宿松山海會禅寺者、勅賜廣智國師乾峯和尚挿草道場也、往昔、封彊廣潤、諸堂完備、為一方甲刹矣、國師道振一世、化被四方、王公帰崇、霊感尤多也、賀茂明神入室受戒、北野天神求書金経、暦應二年四月、金面龍王拜謁、師授以三聚浄戒、龍王曰、何以報慈、師曰此池乏水、致之供衆、則可乎、其夜忽爾穴地、清泉湧出、名曰金龍井、自正慶元年草創、四百二十年、于茲其間因世、故堂宇屢廃、地亦随易焉、今之寺、去井五百歩許在、東南隅、唯有金龍井、提封若干、僅有旧基耳、嗟乎年代深遠、而泉源不涸、直到于今者、國師道所感、而龍王鎮護所致也、清甘香洌、永沃衆渇、誰不景仰哉、因立標樴以示悠久云
  宝暦三年年舎癸酉六月  日  海會現住定宗士
                       認敬誌
【出典:開口神社史料(昭和53年)】

正慶元年(1332年)広智国師乾峯(けんほう)和尚により創建された海会寺は元は大寺(開口神社)西門付近にあり後に南宗寺境内に 移転しました。 話は大寺付近にあった草創期(歴応2年4月=1338年)のことであります。
朝廷から国師号を賜ったほどの名僧で誉高く、その徳を慕って教えを乞いに訪れてきた金面龍王という龍に、ありがたい戒(三聚浄戒)を授けた。 龍は何かお礼をしたいと申し出ると、旱魃で困っている人々のために水が欲しいと和尚は願った。そこで清泉を求める方法を教えた。 すなわち地面に鵜の羽を敷いてそこに白露が浮かぶところを見つけ、其処を掘り井戸を開けば清水が求められると。早速白露の浮かぶ所を見つけ井戸を掘ると、言うとおり水が沸きだした。これが金龍井であり、以後枯れることが無かったという。金龍という名は金面龍からきており、泉南第一の名泉と伝えられ、豆腐作りに盛んに使われたという。
平成16年11月に大小路界隈『夢』倶楽部の皆様の手により井戸前に館が完成し、金龍井を復活されました。

更新履歴
更新:2014年10月14日 23:11:08 今の海会寺井を追記
作成:2014年 8月13日 14:35:04 再構築
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