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名所図会 巻2-20 三國衢

三國衢みくにのつち


                              仁德にんとく天皇陵    大山陵だいせんれうとも云
                              はんしやう天皇陵   楯井たてゐのみさゝきとも云
                              かたたがひのやしろ
                              くにのつじ

北莊東の野にあり。攝河泉せつかせんの堺也。堺の名、こゝに起る。[向泉寺旧記]云、行基ぎやうぎ菩薩ぼさつふせ屋を三國みくにの辻に建て、旅人りよじんやすみ所とす。後世、改て茶店を設く。近年、此ほとり標石ひやうせきたてて、うらに[萬葉]三國山の和歌をせんす 按ずるに、此和歌は越前なるべし。

今の三国衢(三国丘)

 今の「三国丘」碑は、方違神社の境内に立てられており、いつのものか確認しましたら、明治24年の建立、と側面に彫ってありました。
 『和泉名所図会』には、「向泉寺旧記」からの引用で三国之石の「裏に[万葉]三国山の和歌を鐫す」と記されています。
その歌は、
「三国山
  こずえに住まふむささびの
      鳥まつがごとわれ待ち痩せむ」

今、「三国丘」石碑の裏には、
「耳はらに
    来るうくひすの
     初音かな」
という句が刻まれています。
「和泉名所図会」に記された故事を知っていた明治の洒落人が彫らせたのでしょうか。

方違神社境内にたつ「三国丘」碑 「三国丘」碑 背面

更新履歴
更新:2014年10月27日 15:43:00 今の三国衢(三国丘)を追記
作成:2014年 8月20日 9:41:20 再構築
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