カレンダー
前月2017年 9月翌月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
News News  
Photos Photos  
Blog Blog  
アクセスカウンタ
今日 : 568
昨日 : 754
今週 : 20048
今月 : 137204
総計 : 1733955
名所図会 巻2-34 華林寺

華林寺くはりんじ

蜂田はちた村にあり。清香山と号す。いにしへは蜂田はちた寺といふ。今、土人、家原寺ゑはらてら奥院おくのゐんぶ。

本尊藥師佛
行基の作。座像。みたけ、四尺許。

開基大僧正行基
此所は、行基の母公はゝきみ藥師女やくしぢよ家地いゑところ也。追福のため、建立し給ふ。

今の華林けいりん


華林寺山門


華林寺山門


本堂


本堂内部の扁額


本尊薬師如来像

清光山せいこうざん華林けいりん縁起略記
 清光山せいこうざん華林寺と称し、高野山真言宗に属す。本寺の創建について、行基ぎょうき絵伝えでんによると花林けりん建立御年十三才と記されているが、行基が十三才の時母方の蜂田はちたむらじが氏寺として創建したので蜂田寺とも呼ばれていた。
 慶雲三年(706)行基が三十九才の時、母親供養のため華林寺(花林寺・蜂田寺)を再興したとされ、また行基年譜によれば、同年朝廷から蜂田寺ほかに和泉の横山郷より修理用のそまを施入されたと記されている。
 以後、本寺は南北朝の乱や、戦国時代兵火によって衰退、慶長十九年(1614)大坂冬の陣の戦火で焼失、記録も失われたため寺史の詳細は不明であるが、延宝えんぽう七年(1679)に僧広恵こうけいが中興した。伝承では、広恵の祈祷によって旱ばつを免れた岸和田城主が寄進したとされている。
 本尊は厨子入り薬師如来坐像で、前立まえだちに薬師三尊像を、その他に阿弥陀如来像・大日如来像・不動明王像・行基菩薩像・弘法大師像を、また地蔵堂には地蔵菩薩立像をそれぞれ祀る。また、行基の画像といえば老成した像が一般的だか、本寺に伝えられる鎌倉時代の画像は行基十三才の有髪絵画で全国的に例がなく、毎年旧暦二月二日行基の命日に掲示してお勤めが行われる。
堺市
【出典:華林寺境内設置案内板】

更新履歴
更新:2014年10月28日 12:22:17 今の華林寺を追記
作成:2014年 8月21日 13:50:34 再構築
プリンタ用画面
友達に伝える
前
名所図会 巻2-33/家原城跡
カテゴリートップ
TOP
次
名所図会 巻2-35/蜂田神社