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名所図会 巻2-53 妙見山感應寺

妙見山めうけんさん感應寺かんをうじ


妙見山めうけんさん 感應寺かんをうじ

上神谷冨藏とみくら村の山中にあり。四方、疊山でうさん峨々がゝとして、僧坊そうばう寂寥せきれうたり。日蓮宗。堺津妙國寺に属す。

妙見堂めうけんだう
祭神さいじん北辰ほくしんまつる。むかし、法道はうだう仙人、こゝに来り、妙見菩薩感得かんとくの地也。年久しく、荒廢くはうはいに及びしを、堺津妙國寺の日俊にちしゆん上人、再営さいゑいして、経宗きやうしう守護神しゆごしんとす。毎歳三月十六日、九月十六日、此山の法會はうゑにして、詣人けいじん群集くんじうせり。

今の妙見山感應寺


感應寺 鳥居


妙見堂
妙見山感應寺縁起略記
宗派 日蓮宗
山号 妙見山
寺号 感應寺
所在地 大阪府堺市南区富蔵

 泉北高速鉄道「泉ヶ丘駅」より、南海バス 畑行き、妙見下 下車約1キロ。妙見山感應寺は、日蓮宗に嘱し、総本山身延山であります。この寺は、通称上神谷の妙見さんと呼ばれております。今は去ること千三百有余年の昔、大化元年(645)に唐の国より法道仙人という大変に徳の高い僧がこの上神谷の地におこしになりました。太陽が少し西に傾く頃、長福寺という寺より峰づたいにお歩きになってこられたのか大きな松の木の根元に腰を下ろされました。法道仙人疲れからか、遂うとうととなされました。夜風にハッと気が付きますとあたりは真っ暗でございます。天を仰ぐと星が眩しい位にサンサンと輝いております。あまりの星のきれいさに法道仙人は立ち上り、北の空に向って大乗法華経を誦されますと北辰尊星が眼前に降ってまいりました。アッと法道仙人、驚きのあまり頭を下げ大地にひれ伏しになられました。恐る恐る頭を上げますと何と眼前に眩く輝く一童子が立っておりました。そしてリンリンと響き渡る声でもって「仏法甚深の法・法華経を擁護せば衆生の祈る所空しからず」と言い終えるや、一童子のお姿は閃光の如くかき消えてしまいました。法道仙人は北辰尊星の霊示を受けて一刀三礼(一度刀を刻むと三度礼拝する)の法を以て御浄刻、開眼されました御尊像がこのお堂に安置されております。
 このお堂は、寛政十年、今から二百年前に再建され、現存するご寄進帳を調べますと、皆様よくご存じの、紀ノ国屋等の豪商の名前がたくさん記載されております。当寺は和歌山・四国までも妙見講があり講中の方々が只今でも昔の街道のあちこちに右妙見山、左妙見山と刻まれた石の道標が現存していますがその道標を道しるべとして参詣されたようでございます。江戸時代より毬つき歌に、一に生駒の聖天さん、二に上神谷の妙見さん、三に讃岐の金毘羅さんと数え唄に歌われました霊験新たかな妙見さんとして、信仰を集める霊場でございます。
【出典:感應寺リーフレット】

 妙見山感應寺と称し日蓮宗に属す。九星(生まれ歳の星)の守り神で、北極星を神格化した妙見大菩薩を祭っている。本寺の起源は寺伝によると、大化元年(645)唐の聖僧法道仙人が、当地にて大乗法華経を誦じたときに、北極星が童子に化して姿を現した。この姿を一刀三礼の儀をもって浄刻し祠を建てここに祭ったのが起源と伝えられる。妙見堂は江戸初期の万治元年(1658)に再建され、このことは「明暦年中泉州堺妙国寺の大檀那となり、万治元年3月16日当寺を建立す」と記された境内の錺屋藤左衛門の建立碑により明らかであり、当寺は藤左衛門が、妙国寺の世應院日俊上人を導師として開山したものである。江戸中期から妙見信仰の盛んな頃は、大阪北部の能勢妙見山・交野市の星田妙見山とともに、大阪の三大妙見山と言われ、大阪や堺だけでなく遠く和歌山や河内などから多くの信者が集まったといい、今も往時の道案内石柱が点在している。例年2月3日の節分星祭り除厄祈祷会は1300余年の歴史を誇り、8月16日は万灯供養儀式が行われる。
【出典:堺市設置案内板】

 伝承によれば、大化元年(645)、唐の僧・法道仙人が北辰(ほくしん、北極星)の霊示を受けて刻んだ、妙見菩薩の像をこの地に安置したのが感應寺の起こりであるという(なお、法道仙人については、唐でなく天竺(インド)の仙人とするのが一般的な伝承である)。その後は尊星そんしょう降臨こうりんの霊場となったという。
 妙見堂の側壁には、欅の一刀彫の彫刻が施されている。地元では、所在地の地名をとって「上神谷にわだにの妙見さん」と呼ばれている。摂津の妙見山 、河内の星田妙見宮とともに、「大阪三大妙見」とも称されるが、交通の便が悪いことなどから知名度は低い。 毎年8月16日に行われる「万灯供養」は、多数の灯籠に火がともり幻想的な風景がみられる。

谷向かいから望む「上神谷の妙見さん」 妙見さんの坂を登って直ぐに見える石標

妙見堂の側壁 欅材の彫物されています。
痛みが目立ちますが、素晴らしい彫りです。

2010年4月4日(日)に桜満開の感應寺の撮影に行ってきました。全山満開の様子をお楽しみください。
また、この季節に感應寺を訪ねるのも一興かと思います。




更新履歴
作成:2014年10月29日 22:58:44 再構築
作成:2014年 8月21日 21:58:44 再構築
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