カレンダー
前月2017年 7月翌月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
News News  
Photos Photos  
Blog Blog  
アクセスカウンタ
今日 : 3309
昨日 : 8274
今週 : 11583
今月 : 193199
総計 : 1314950
名所図会 巻3-02 信太大明神

信太しのだ大明神だいみやうじん


信太社しのだのやしろ

信太しのだ郷信太山にあり。[延喜式神名帳]曰、ひぢりの神社。例祭、八月十五日。信太郷中土生神うぶすなしんとす。社僧萬松院。

祭神聖神ひぢりのかみ
神系しんけい素盞鳥尊すさのをのみことみまご、大としかみの御子なり。[三代實録]曰、貞観元年五月七日、和泉國聖神を官社に列す。同年八月十三日、従五位下聖神に従四位下を授く。

今の聖神社


聖神社 拝殿


拝殿 扁額「聖神社」


本殿

聖神社ご由緒

聖神社
聖神社は白鳳三年(674)、神武天皇の勅願によって信太首しのだのおびとが創建したと伝えられ、以降延喜式内社えんぎしきないしゃ、和泉国五社明神の三の宮に列し、「信太明神しのだみょうじん」の別称でも人々に親しまれている。祭神は素戔嗚尊すさのおのみことの孫神「聖大神」を主祭神とし、天照大御神あまてらすおおみかみ他四柱の神々を配祀している。かつての境内地は信太山丘陵大半約百万坪を有していた。境内には国指定重要文化財である慶長九年(1604)再建の聖神社本殿をはじめ、末社の三神社本殿、瀧神社本殿があり、末社平岡神社本殿は大阪府有形文化財に指定されている。

国指定重要文化財
聖神社本殿(昭和25年8月25日指定)
豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建し、屋根は桧皮葺ひわだぶき桁行けたゆき三間、梁間はりま三間の三間社さんげんしゃ入母屋造いりもやつくりという神社建築様式で、桃山文化の粋を集めた極彩色の装飾が施された壮麗な社殿である。

末社三神社本殿(昭和52年1月28日指定)
三間社さんげんしゃ春日造かすがづくりと呼ばれる全国的にも珍しい建築様式で、屋根は桧皮葺、正面三間、身舎側面二間の前面に一間通りの庇を設け、極彩色が施されている。元は東南部の神護寺「奥の院」に鎮座していたが明治六年に現在地へ遷座した。

末社瀧神社本殿(昭和52年1月28日指定)
三神社の北側に隣接、鎮座する社殿で、屋根は桧皮葺、正面一間、身舎側面一間の一間社いっけんしゃ春日造かすがづくりである。

【出典:境内案内板】


聖神社 鳥居
神社の約1Km手前に建てられています。
社名碑と常夜燈
常夜燈には「信太宮拜前」と刻まれています。


境内の鳥居
扁額「聖神社」が掲げられています。
境内案内板


社殿 拝殿と本殿 聖不動明王


末社 平岡神社 平岡神社 案内板


信太山丘陵から望む臨海工業地帯 信太山丘陵から望む臨海工業地帯

更新履歴
更新:2014年11月 2日 14:19:58 今の聖神社を追記
作成:2014年 8月22日 11:08:50 再構築
プリンタ用画面
友達に伝える
前
名所図会 巻3-01/和泉郡
カテゴリートップ
TOP
次
名所図会 巻3-03/信太杜