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名所図会 巻3-44 巻尾山仙藥院施福寺

巻尾山まきのおさん仙藥院せんやくゐん施福寺せふくじ

巻尾まきのおは西國巡礼しゆんれい第四番の札所也。観世音、三十三しんに変して利益りやくほどこし給ふちなみにより、三十三年目に開扉かいひあり。其時は難波津なにはつさかいの町及ひ遠近ゑんきんよりけい人多くして、此山のにぎはひなるへし。


巻尾山まきのおさん 施福寺せふくじ [全景]



巻尾山まきのおさん 施福寺せふくじ
西國巡礼第四番札所也。



槇尾まきのお門前もんぜん

槇尾まきのお山にあり。已前は真言宗。近年、寛文年中より天台宗と成。西國巡礼札所第四番なり。

本尊弥勒佛みろくぶつ
丈六。

文殊もんじゆ
左の脇に安す。みたけ、五尺。

千手観音
右の脇に安す。みたけ、五尺。法海上人、霊驗れいげんを蒙りて彫刻する所也。又、かたはらに四天王を安す。

阿弥陀堂
本堂の南にあり。

不動堂
本堂の戌亥にあり。

大師堂
弘法大師を安す。本堂の北にあり。

巻尾まきのお神社
本堂の南、上壇の地にあり。当山は、巻尾明神、初て鎮座ちんざしたまふ霊地成。貞観六年秋七月、従五位上を授く。

開基行滿上人
時代、詳ならす。

如法嶽によほうがだけ
役小角ゑんのせうかく法華ほつけ二十八ほんわけて、葛城かつらきの峯に置き、当山には不輕品ふけいほんを収む。故に如法嶽といふ。

卒都婆峯そとはかみね
本堂の西、四町許にあり。大僧正行基、懺悔ざんげ秘法の卒都婆を立。此ゆへに名とす。

捨身嶽しやしんがたけ  隠水かくしみづ
ともに本堂の南にあり。弘法大師、石渕いはふ勤操こんさうを師として、当山にて落髪らくはつし、延暦年中、滿願まんぐはん寺を建て、手自てづから、彫刻の千手観音を安置し、求聞持くもんじの法を修す。此捨身嶽しやしんがたけ隠水かくしみつは、弘法大師の遺跡也。

清水瀧きよつのたき
本堂の西廿町許にあり。

兜卒嶽とそつがたけ
本堂の北にあり。

柴手水しばてうづ
不動堂の前にあり。当山に水とぼしければ、弘法大師、神呪しんじゆを誦して祈り給へは、清水しみづたちまちわき出る。これを智恵水ちゑすいといふ。又、ひのきゑだ椿つばきの上に投てちかて曰、我願ひむなしからすんば、此木さかゆべしと宣ふ。果して、繁茂はんもす。今、椿の木に檜葉ひのきのは生したる木、此山に多し。

覺超塔かくてうのたう
兜卒嶽とそつがたけにあり。叡嶽えいかく覺超かくてうは、当國素生の地なり。遺言ゆいごんによりて、こつを当山におさむ。

吉祥院きちしやうゐんの舊蹟きうせき
当山にあり。傅曰、むかし、吉祥天女像を本尊とす。又、愛染あいせん堂あり。とも遺跡ゐせき、今なをそんせり。後世こうせい、天女の像を日根郡近義郷こんぎのがう吉祥園寺にうつす。

名産松蕈まつたけ
槇尾、松尾の二山より出る。あちわひ也。又、茶の名物なり。多く父鬼村より出す。

それ当山たうさんは、四岳しがく八峯はつほう層鸞そらん蒼翠さうすいとして、あたかも蓮花れんげごとし。山中に四十八たき、三十六とうあり。むかし、弘法大師こうばうだいし沙門しやもん勤操ごんさうあふ落髪らくはつし、虚空藏こくうざう求聞持くもんじの法をうけ沙弥しやみの十かいさづかり、三ろんきはめ、槇尾山寺まきのおさんじあつて、初の名を教海けうかい、又、如空によくうと改む。延暦十四年、東大寺とうだいじたんのほつ具足戒ぐそくかいうけ、又、空海くうかいと改む。その薙染ちぜん黒髪くろかみ、当寺の什寶しうほうにあり。又、空海くうかい渡唐とたうの時、青龍寺せいりうじ惠果ゑくは阿闍梨あじやりより傅耒し給ふ真言しんごん秘密ひみつ論書ろんじよ、又、帰朝きてうの時、平城帝へいせいていへ奉りし將耒しやうらいの上表しやうひやうあり。又、後鳥羽院ごとばのゐん院宣ゐんぜん後堀川院ごほりかはのゐん院旨ゐんし、これみな、寺田じでん免除めんじよ證文しやうもん也。四條院しでうのゐん、延應年中には、よこ山のがうを以て灌頂かんでう用途ようどとして、仁治元年に灌頂堂かんちやうだうたて給ふ。後深艸院ごふかくさのゐんは、建長けんちやう二年に、別當べつたうさきの大僧正行遍ぎやうへんをして、結縁けちゑん灌頂くはんてうしゆし給ふ。同三年には、宣陽せんやう門院の御ぐはんによつて、万花万燈會まんくはまんとうゑをこなはれ、その用途ようととして、吉見よしみ免田めんてんはいせらる。同門院巻尾寺のちご十一人を伏見御所ごしよにめして、五雙ごさう童番とうばんつとめさしむ。御見聞衆ごけんもんしうには、鷹司女院たかつかさのによゐん近衛殿下兼經公このゑでんかかねつねこう也。正嘉しやうかころには、後深艸院ごふかくさのゐん寄附きふ法華経ほけきやう、これは、後白河院ごしらかはのゐんつね御讀誦ごどくじゆ経書きやうしよ也。金銅こんどう阿字あじをなじく愛染明王あいぜんみやうわう并に種子しゆし千躰せんたい、同普賢像ふけんのざう不動尊ふどうそん佛舎利ぶつしやりりう宝塔ほうたうこめられ、当山におさめ給ふ。今、寺庫じこにあり。又、弘法大師より伝教でんけう大師へをくらる書艸ふみつう当寺たうじにあり。なを、霊佛れいぶつ什寶しうほうあぐるにいとまあらず。今、坊舎七十ありて、免除めんじよ租税そぜいわづか六石なり。然れども、山林さんりん若干そこばくひろふして、樵夫せうふげうとし、近郷きんがう農家のうかに、これを交易かうゑきす。春は、やなぎいとみどりにして、初花匂ふ頃より、諸國しよこく巡礼じゆんれいつらなけいして、堂前だうぜんむかひて詠歌ゑいかとなへ、あるは坊中ばうちう宿やどかりて、一山のにぎはひ也。そもそも、此山は、当國の髙山かうさんにして、みちふかふして、くもほうし、日の出る事をそし。和泉いづみの方よりのぼるには、たに川をみぎにしひだりにして、みちせばからず。後山こうさんより河内路かはちぢくだるには、山路さんろほそうして、嶮難けんなんいしくるま歩行ほかうなやわづらふ。これを巡礼道じゆんれいみちとて、難行なんぎやうの一なるべし。これより、たきはたといふ所へ出て、天野あまのくはうたき髙野山かうやさん街道かいだう也。山嶺さんれいは、劉阮りうげんくすりとり天台山てんだいさんして、雲竇うんとうやま滿みち鳥雀てうじやくなく、水聲すいせいたにふて、笙簧しやうくはうあるの霊鸞れいらんにして、まこと殊勝しゆしやう寶閣ほうかくなるべし。

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作成:2014年 8月23日 15:48:48 再構築
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