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名所図会 巻4-32 衣通姫舊蹟

衣通姫舊蹟そとをりひめのきうせき

衣通姫そとをりひめ粧粉しやうふんほどこさずして、おのづからの美艶びゑんあり。[楚辞そじ]に見えたる朱唇あかきくちびる皓歯しろきは豊肉こゑたるはたへ娉目うるはしきめ遠山眉ゑさんまゆこまやか也。其上そのうへ和哥わか三聖さんせいの内なれば、此許に允恭帝いんぎやうていのつねにかよひ給ふもむべならん哉。

上ノ郷中村にあり。土人、衣通姫の手習所といふ。五十年前、小社あり。社の傍に池あり。封境、ほう一町ばかり。毎歳正月、七月、燈明とうみやうかゝぐ。近耒きんらいこぼつ糞田ふんでんとし、小社も亦、みん滅して、所の惣墓そうかとす。嘆息たんそくするにたへたり。今、わづかに小池をのこす。池のかたはらに、かきちううへたり。
[日本紀]曰、
允恭いんきやう天皇八年春二月、衣通郎姫そとをりいらつこひめそうしていはくせう、つねに王宮おほみやちかつひて、晝夜ちうやあいつゞひて、陛下きみ威儀みよそほひんと思ふ。然に、皇后くはうぐうは、すなはちせういろねなり。せうによつてつね陛下きみうらみ給ふ。またせう、これをくるしむ。こゝに以て、こひねがはくは王宮おほみやはなれて、とををらしめんとおもふ。然らば、皇后くはうぐうねたきこゝろすこやまん。天皇すべらきすなはち宮室きうしつ河内かはち茅渟ちぬに 和泉國、即、此地なり。 興造つくりて、衣通姫そとをりひめをこゝにらしめ給ふ。因茲こゝによつてより々、日根野ひねの遊猟ゆうりやうし給ふ。同九年はる二月、あき八月、ふゆ十月、みな、茅渟宮ちぬのみやみゆきし給ふ。同十年はる正月、茅渟ちぬみゆきす。於是こゝにおいて皇后くはうぐうそうしていはくやつこ如毫毛けのすゑばかり弟姫をとゝひめねたむにあらず。陛下すべらみこと時々よりより茅渟ちぬみゆきし給ふ事、これ百姓ひやくせいくるしみなり。あをねがはくTは、車駕いてましかづ宣除やめ給ふべし、とありければ、其後そのゝちは、希有まれみゆきましましけり。同十一年はる三月、茅渟宮ちぬのみやみゆきし給ふ。衣通姫そとをりひめうたうたふのたまふ
  等虚辞陪邇とこしへに枳彌母阿閇椰毛きみもあへやも異舎儺等利いさなとり宇彌能波摩毛能うみのはまもの余留等枳等枳弘よるときときを
天皇すべらき、これをきゝ給ひて、衣通姫そとをりひめのたまふやうに、是歌このうた他人あたしひときかすべからず。皇后くはうぐうきゝたまはゞおほひうらみ給はん。かるがゆゑに、ときひと濱藻はまもがうして奈能利曽毛なのりそもといふなり

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作成:2014年 8月26日 11:16:48 再構築
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