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名所図会 巻4-35 海會宮

海會宮かいゑくう


信達したち 牛頭ごづ天皇

同莊大苗代おのしろの東にあり。今、祗園ぎをんしやうす。此邉四村の生土神うぶすなしん也。海會寺かいゑじは行基の草創也。天正の兵火にかゝつ泯滅みんめつす。今、旧礎きうそなを歴然れきぜんたり。

海會宮池かいゑくのいけ
社の南にあり。往昔そのかみ、行基、掘給ふとそ。池廣大にして、むかしは大虵すみしと云傅へける。

[日本霊異記れいゐき]云、むかし、和泉國日根ひね郡にひとりの盗人あり。天然てんねんこゝろけうにして、殺盗せつとうげうとし、因果ゐんくはしんぜず、つね寺院じゐん銅作どうさぬすんかたらひ賣る。聖武帝の御代、その海惠寺かいゑてらの佛の銅像とうざうぬすみとる。時に、路行人みちゆきひとあり、寺より北の道を馬に乗て通るに、声あつて曰、叫さけびなげきて、痛哉いたましいかな痛哉いたましいかなといふ。路人ろじんあやしみむまとゞめ、其こゑに従ふて尋るに、泣音なくね、漸くしつTして、もの鍜槌かなつちする音、聞ゆなり。故に、又、馬をすゝめて過行に、しりぞくしたがふて、さきの如し。忍ひ過る事を得ず。其音に従ふて、山陰やまかげ藁屋わらやに入れは、銅像どうざう佛をたかね鉄槌かなつちを以て打砕うちくだをと也。即、これをとらへて糺明きうめいしければ、海惠寺かいゑじの佛像のよし、白状はくじやうす。因茲これによつてくはんをくりて重刑ぢうけいに行はる。かの佛像、霊瑞れいづいしめし給ふ事、当来とうらいのみならず、眼前がんぜん應驗をうげんあらはし給ふ事、おそるべし、たつとむべし。

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作成:2014年 8月26日 11:59:05 再構築
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